Online**))) サガン鳥栖 対 柏レイソル 生中継 Jリーグカップ サッカー 日立柏サッカー場 水曜日, 2019年3月13日

サガン鳥栖柏レイソル 生中継 Jリーグカップ サッカー 日立柏サッカー場 水曜日, 2019年3月13日

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Jリーグカップ(ジェイリーグカップ、J. League Cup)は、日本プロサッカーリーグJリーグ)に加盟するクラブが参加するカップ戦である。第1回大会からヤマザキビスケット(旧ヤマザキナビスコ)が冠スポンサーとなっており、JリーグYBCルヴァンカップ(略称はルヴァンカップ)の大会名称を用いている(大会名称に関しては後述)。優勝チームは翌夏に開催されるスルガ銀行チャンピオンシップへの出場権が与えられることになった。
Jリーグ開幕前年度の1992年に社団法人(当時)日本プロサッカーリーグが主催するカップ戦としてスタートした。リーグ戦の日程の関係で開催されなかった1995年を除いてJリーグと並行して開催されており、J1リーグ天皇杯と並ぶ日本の国内3大タイトルの1つとされる[1]。
勝戦の開催スタジアムは1992年から2013年まで国立霞ヶ丘陸上競技場、1994年は神戸総合運動公園ユニバー記念競技場、2014年からは埼玉スタジアム2002で開催されている。
2010年5月に、1992年に実施された第1回大会以来の通算入場者数が1,000万人を突破。また、同年10月には本大会の通算試合数が1,000試合に到達した。
カップウィナーに対してJリーグカップ(チェアマン杯、前年優勝クラブによる持ち回り)とルヴァンカップ(スポンサー杯、優勝クラブへの贈与)がそれぞれ授与される。
大会公式試合球は当年のJリーグで使用されている試合球のデザインをJリーグカップ用として特別にデザインされたものを使用している。
大会名称[編集]
第1回の1992年大会から菓子メーカーのヤマザキビスケット(旧・ヤマザキナビスコ)が特別協賛(冠スポンサー)となっており、現在の大会名称は「JリーグYBCルヴァンカップ」(略称はルヴァンカップ)[2]。
大会が設立された1992年から2016年のグループステージまで「Jリーグヤマザキナビスコカップ」(略称はナビスコカップ)の大会名称を用いており、20回目の開催となる2012年には「同一冠スポンサーによる最長のカップ戦」としてギネス世界記録に申請[3]、翌2013年に「同一企業の協賛により最も長く開催されたプロサッカーの大会 (Longest sponsorship of a professional football competition)」として認定されている[4]。
なお、Jリーグ規約では、第40条において、J1・J2・J3の「リーグ戦」に対して「リーグカップ戦」と表記され[5]、ターミノロジー(用語集)においては「ルヴァンカップ」「ルヴァン杯」「Jリーグ杯」とは表記しないこととなっているという[6]。
本項では便宜上、NHKなどでも使用される「Jリーグカップ」の名称を用いることとする。
2016年シーズン途中での名称変更[編集]
2016年8月31日にヤマザキナビスコモンデリーズ・インターナショナルと結んでいた「ナビスコ」ブランドのライセンス契約を終了し、翌9月1日から社名を「ヤマザキビスケット」に改称する[7][8] ことを受け、同年6月21日から(実質的には同年8月31日から始まる2016年(第24回)大会のノックアウトステージから)大会名を「JリーグYBCルヴァンカップ(略称はルヴァンカップ)」に変更することが発表された[9]。「YBC」はヤマザキビスケットの英字略号、「ルヴァン」(Levain) は同社が2016年9月5日よりリッツに替わって発売するクラッカーのブランド名で[10]、フランス語で発酵種を意味する。
この名称変更については、2016年2月時点のリリースでは「社名変更後となる大会終了まで“Jリーグヤマザキナビスコカップ”の名称を使用し、翌年度以降はスポンサー継続の有無を含めJリーグと同社との間で引き続き協議する」としていた[11] が、一方でヤマザキナビスコ側は「ナビスコ」ブランドの終売に伴う売り上げ低下の懸念から、スポンサードの撤退も検討。グループ会社間での協議の席では親会社である山崎製パンから「それならヤマザキカップにしてウチがやるか」という意見も上がったが、Jリーグ側から社名変更のタイミングと同じくしての名称変更に関する提案が出たことで、それを受ける形になった[12]。
開催方式[編集]
参加資格[編集]
前身であるJSLカップではリーグカップの形態を正しく反映して2部も含めた全てのクラブの参加を認めていたが、Jリーグカップでは2部以下のクラブの出場が見合わせられた期間が長く、2002年大会から2017年大会までは、当該年にJ1に所属するクラブのみにより争われている。参加資格の変遷は以下の通り。
1992年大会:次年度からのリーグ戦開幕に参加する10クラブ
1993年大会・1994年大会:全てのJリーグクラブとJリーグに参加する意思を持つJリーグ準会員クラブ
1996年大会:全てのJリーグクラブ(準会員クラブは不参加)
1997年大会・1998年大会:全てのJリーグクラブおよびJリーグ準会員クラブ
1999年大会 - 2001年大会:すべてのJ1・J2所属クラブ
2002年大会 - 2017年大会:すべてのJ1所属クラブ
2018年大会 - :すべてのJ1所属クラブと当該年にJ2に降格した0-2クラブ[13]レギュレーション[編集]
J1が18チームになり、AFCチャンピオンズリーグACL)が3月開幕となって開催時期が重複するようになった2005年大会からは以下のようなレギュレーションが定着している。2015年大会からステージの名称が改められた[14]。2017年大会からノックアウトステージ(現・プライムステージ)に進出するためのプレーオフステージが追加された。
なお、2011年大会は東日本大震災に伴うスケジュールの都合上、全試合でノックアウトトーナメントを採用しており、例年と異なったレギュレーションで開催された(当該項参照)。
グループステージ(旧・グループリーグ)
大会参加チームのうち、ACL本戦に出場するチーム[注 1]を除くチームが参加する。
グループリーグ参加チームを2グループ(2008年までと2018年以降は4グループ)に分け、各チーム総当たり1回戦(2008年までと2018年以降はホーム・アンド・アウェー2回戦)のリーグ戦を行う。
勝点方式によりグループ内での順位を定め(勝点で並んだ場合には「得失点差」「総得点数」「当該チーム間の対戦成績」「反則ポイント」「抽選」の順により優劣を決定)、2017年大会までは各グループの上位チーム(2016年大会までは計4チーム、2017年大会は計2チーム)がノックアウトステージ進出、2017年大会は各グループ2位と3位(状況により4位も)がプレーオフステージ進出。2018年からは各グループの上位2チーム(状況により3位のうち2チーム及び全チームも)がプレーオフステージ進出。
プレーオフステージ
2017年より導入。ホーム・アンド・アウェー2回戦制による勝ち抜け方式のステージ。
グループステージの順位で組み合わせが決定されるが、ACL本戦に出場するチーム数によって組み合わせが変わり、ACL本戦出場チームが4チームの場合は「2位と3位」(2017年・2カード)または「1位と2位」(2018年以降・4カード)の対戦、ACL本戦出場チームが3チームの場合は「2位と4位」「3位同士」の対戦(2017年・3カード)または「1位と3位」「1位と2位」「2位同士」の対戦(2018年以降・5カード)、ACL本戦出場チームが2チームの場合は「1位と3位」「2位同士」の対戦(2018年以降・6カード)が組まれる。
優劣の決定は基本的にJ2・J3入れ替え戦に準じた以下の通りとなり、勝者がノックアウトステージ(現・プライムステージ)に進出する[15]。
2試合における合計得点数(=得失点差)
アウェーでの得点数(アウェーゴールルール)
第2戦の後半終了後、引き続き15分ハーフの延長戦(アウェーゴールルールは採用せず)
PK戦(双方5人ずつ。決着しない場合は6人目以降サドンデス方式)
プライムステージ(旧・決勝トーナメント、ノックアウトステージ)
グループステージ・プレーオフステージからの進出チームとACL本戦出場チームの計8チームにより争われるノックアウトトーナメント。
準決勝までの4試合はホーム・アンド・アウェー2回戦制により行われる(優劣の付け方はプレーオフステージと同様)。
勝戦(10月末から11月上旬に開催)は中立地での1回戦制で、90分で同点の場合は15分ハーフの延長戦→PK戦で決着する。
準決勝までの試合はリーグ期間中の水曜日、もしくは国際AマッチFIFAワールドカップ・予選、キリンチャレンジカップなど)の為にリーグ戦が行われない週の週末に行われることが多く、主力選手が日本代表に選出されているか否かで通常のリーグ戦との戦力に差が生じることがある。
勝戦の演出[編集]
勝戦は他のカップ戦では見られない独特の演出が行われている。
スターティングメンバー発表
両チームのスタジアムDJが来場し、それぞれホームゲームで行われている方式でメンバーを発表する。通常の発表映像の前に、特別な映像(いわゆる「煽りV」)が流されることが多い。スタジアムDJは、メンバー発表開始時に決勝戦のスタジアムDJによって氏名を紹介される[注 2]。
コレオグラフィー
2000年代に入ってから、選手入場時に各チームサポーターによって行われることが多くなっている。初めて組織的にコレオグラフィーを行ったのは2003年の浦和レッズサポーターで、選手入場時とハーフタイム終了時に、鹿島アントラーズ側のゴール裏を除くスタンド全面を、浦和のチームカラーである赤・白・黒の3色で埋め尽くした。2012年は、20回目の開催を記念して、主催者主導により国立競技場のバックスタンド側全面を使用してのコレオグラフィーが行われた。
優勝特典[編集]
1992年はリーグ戦が日本リーグからJリーグへの移行期間(経過処置)であり開催されなかったため、本来はリーグ戦の優勝チームに与えられる1993-94アジアクラブ選手権大会の出場権が与えられた。
2003年と2006年はA3チャンピオンズカップの日本開催に当たったため、この前年の同大会優勝チームは開催国推薦枠として出場した(中国と韓国で行う場合はリーグ戦の年間2位クラブが推薦枠の扱いであった)。
2007年以後の優勝クラブは次年度のスルガ銀行チャンピオンシップの出場権を獲得し、コパ・スダメリカーナの優勝クラブと対戦する。